2017.1  第 5 号 特集記事-2

原 辰徳 氏

第2回デジタイゼーション加速セミナー基調講演レポート
「おもてなしの科学~サービス工学の未来~」

東京オリンピックが開催される2020年に向けて、重要性が高まりつつある「おもてなし」というキーワード。その実現でも、ITによる「デジタイゼーション」は重要な役割を果たすと考えられます。それでは実際に、これまでどのような取り組みが行われ、今後いかなるアプローチを行うべきなのでしょうか。2016年11月21日に開催された「第2回デジタイゼーション加速セミナー」において、サービス工学を研究する東京大学 准教授 原辰徳氏が行った基調講演をもとに、サービス工学の概要を紹介します。

デジタイゼーションで容易になったサービス現場の可視化

原 辰徳 氏
東京大学人工物工学研究センター 准教授
サービス学会 理事、観光情報学会 理事
原 辰徳 氏

「大量生産、大量消費」の時代から、「質的な充足」を求める時代へ。このような転換が進むことで、サービスの重要性が高まっています。すでに 2004 年には当時 IBM 会長だったサミュエル パルミサーノ氏が、米国イノベーションイニシアティブの報告書である「Innovate America:Thriving in a World of Challenges and Change(通称「パルミサーノレポート」)」の中で、「サービスサイエンスが 21 世紀のイノベーションの中核において重要な役割を果たす」と指摘。日本でも2002年に東京大学が、人工物工学研究センターにサービス工学研究部門を設置し、サービス産業を工学的視点で取り扱う「サービス工学」の研究を進めています。

基調講演を行った原 辰徳氏は、この人工物工学研究センターの准教授であり、サービス学会 理事や観光情報学会 理事も務める人物。10年前から研究を開始し、サービスの理解と体系化、製造業のサービス化、観光情報サービスと社会実装、接客サービスの分析と教育支援等の取り組みを進めてきたと言います。

それではサービス工学とは、具体的にどのようなものなのでしょうか。「大きく2つの段階に分けられます。『サービス工学1.0』と『サービス工学2.0』です」と原氏は説明します。

cisco insight サービス工学とは何か

サービス工学1.0とは、サービス現場の支援を主眼とした取り組みであり、様々な機器や技術を活用することで、サービス現場における実践のサイクルを簡素化、高度化し、その生産性向上に寄与することを目的とします。「サービスにはサービスを提供する『おもてなし手』とサービスを受ける『おもてなされ手』が存在しますが、サービス工学1.0 は『おもてなし手』のための設えとふるまいの支援だと言えます」(原氏)。

サービス現場支援の具体的な方法としては、観測、分析、設計、適用のサイクルを回し、最適化を進めていくというアプローチになると説明します。まず「観測」では、サービスの提供者や顧客の行動、プロセスを観測し、それを形式知化して記録。「分析」では大規模データに基づいて顧客、提供者、プロセスをモデル化、類型化。「設計」では顧客行動シミュレーションによってサービスの最適化設計を支援。そして「適用」では観測技術と顧客モデルを組み込んだサービス運用支援を行い、需要変動に対応していきます。「この 5~6年で様々な機器や技術が利用できるようになり、サービス現場の解明と支援が進みつつあります」。

cisco insight サービス現場の支援

その研究事例の1つとして原氏が紹介するのが、2015年5月から行われている東京大学 人工物工学研究センターとANA総合研究所による共同研究です。これは機内における客室乗務員の行動を観察、計測し、乗客が希望するサービスを先回りして提供する「おもてなし」を科学的に分析、高度な接客スキルの源泉を見極め、人材育成に活かしていこうという取り組みです。

サービス工学からサービス学へ、顧客との新たな関係性構築が重要テーマに

この共同研究ではまず、実際の機内に計測用のセンサーを設置した上で観察者も同じ機内に同乗するという、サービス現場での観察、計測を実施。熟練者と新人を対象に行動を観察、計測した結果、「ドリンク提供時の熟練者の行動は『行き』よりも『帰り』により多くの時間をかける傾向にある」等の知見が得られたと言います。

cisco insight 行動観察・行動計測の様子

cisco insight 行動観察・行動計測で得られた結果の例

その後、数回のワークショップを実施して接客過程モデルを構築。現在はこのモデルを元にした教材を作成して学習効果を検証すると共に、訓練センターでのシナリオ実験によるより詳細な記録や、回顧的インタビューによる認知過程の分析を進めていると説明します。

cisco insight ワークショップ 接客過程モデルの構築

cisco insight 現在の取り組み

「デジタイゼーションを活用した観察や計測によって『わかる』の促進が可能になりました」と原氏。次のステップはサービスを創る仕組みをどのように変えていくか、どのようにうまくいく仕組みをつくるかであり、ここを目指しているのがサービス工学2.0だと言います。「ここでは顧客との新たな関係性構築の支援が主眼となります。様々な機器、技術を活用することでサービス提供者と顧客との距離を縮め、協働によって新たな価値をつくり出すのです」。

これによってサービスのあり方も大きく変わります。従来の「ものをつくって売る」と同じ発想では、提供者から顧客への流れが一方通行になるのに対し、サービス工学2.0が目指すサービスでは、顧客からのフィードバックがサービスの改善、設計、共創に重要な役割を果たすようになるからです。

cisco insight 顧客との新たな関係性構築の支援

デザインの考え方も変化すると指摘。従来のデザインは「つくるまでが中心」でしたが、今後のデザインは「使用との関わりにおいて継続的に捉えることが重要」になっていくと説明します。

その一例として原氏が挙げるのが、原研究室と共に首都大学東京都市環境学部の倉田陽平研究室が開発した、旅行プラン作成支援ツール「CT-Planner」です。これはインターネット上で簡単に観光まちあるきプランを作成できるツール。トップページで訪れたい地域と好みの旅行スタイルを入力すると「たたき台」となるプランが表示された編集画面となり、この編集画面で追加、変更、削除を行うことで、「たたき台」がどんどん改訂されていきます。「これは推奨プランの提示とユーザによる要求追加を繰り返す、対話型推薦システムです。あえて作り込まないデザインによって『おもてなされ手』のためのツールにしています」。

cisco insight 2.0の例 観光プランニングサービス

2012年10月には、サービスに関する広範な知識を体系化するための「サービス学会」も設立されており、サービス工学からサービス学へと向かう取り組みも進められていると説明。「『おもてなされ手』である顧客は、満足度の高いサービスを実現する上で、欠かすことのできないリソースです。その参加度、関与度合いをどう高め、サービスシステムに取り込んでいくかが、これからの重要テーマになっていくはずです」。