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ICTの影響力が生む成長と格差のパラドックス


ICTの影響力が生む成長と格差のパラドックス

 
Robert Pepper 著者:シスコ、グローバルテクノロジー政策担当バイスプレジデント、ロバート・ペッパー博士(Dr. Robert Pepper)

 

2015年4月15日

今から30年前、国連のメイトランド委員会が発表したレポート「Maitland Report」は、経済的恩恵によって、21世紀初めには地球上のすべての人が「簡単に電話を利用できるように」するべきだと提言しています。ここで言う「簡単に」とは、「その日のうちに歩いていける距離に電話がある」という意味でした。その当時、「地球上の9割以上の人が携帯電話を利用でき、世界の人口の半分が携帯電話を持ち歩くようになる」と誰かが意見したとすれば、間違いなく、とんでもない楽観主義者というレッテルを貼られたはずです。しかし、今や高速ブロードバンド接続の時代となり、その利用者は昨年の時点で34億人と、世界人口の半数近くに達しています。

今年の「Global Information Technology Report」は、1,2章を中心に、経済成長を力強くけん引してきたICTのこれまでの歴史と、さらに包摂的な繁栄へ向けて未だに残るさまざまな課題について詳細に検討しています。ICTが所得を増加させ、経済成長をけん引する一方で、接続手段を持たない国や人々は取り残されつつあります。広がる一方の所得格差に歯止めをかけ、特に国家間の格差解消を図るためには、今後、ブロードバンドの導入拡大のためにさまざまな施策を実行する必要があり、特にユニバーサルアクセスの実現と低料金化の推進、デジタル技能の向上、男女格差の解消などに焦点をあてた施策が求められています。

この報告書ではさらに、Networked Readiness Index (ネットワーク成熟度指数、NRI)による各国のICTエコシステムを評価しています。今年のNRIは143カ国を対象に、ICT環境、成熟度、IT利用や影響力など、ICTに関する53項目について調査が行われています。今年のランキングで、日本は昨年から6つ順位を上げ10位となり、世界のトップテン入りを果たしました。日本が今年、順位を上げた理由は、この指標の4つの柱であるICT環境(政治、規制、事業、イノベーション)、整備体制(インフラ、安価な料金水準、デジタル技能)、利用状況(個人、企業、政府)、影響力(経済効果、社会的影響力)のすべてが確実に、しかもバランスよく改善されたことによるものです。さらに、4つの柱の中でも、政府によるICT利用で非常に力強い改善が見られたことも、日本の順位を大きく押し上げる原動力になっています。

過去20年間に示されたデータから、ICT、中でもブロードバンドインターネットは所得を倍増させていることが実証されています。国別にみると、マクロ経済データから、先進国、開発途上国ともに、固定電話、携帯電話、インターネット利用、ブロードバンド利用と各国の国内総生産(GDP)の成長との間に因果関係があることが読み取れます。i,ii また、利用データ利用量の増加も国民一人あたりの所得を拡大させています。iii こうした証拠が増えるにつれて、1987年にノーベル経済学賞を受賞したロバート・ソロー教授の示した、「IT 投資が行われたにもかかわらず、生産性の上昇が統計的に確認できない」といういわゆる「ソロー・パラドックス」の時代は、すでに遠い過去のものになっている事実を改めて浮き彫りにしていますiv

ミクロ経済学のレベルでは、ICTには経済構造の底辺における所得を拡大させる効果が期待できるとする新たな分析が注目を集めています。中でも、携帯電話が開発途上国全体を通じて普及し、携帯電話が単なる通信端末として公私に渡る情報共有手段になるだけでなく、学習用コンテンツを配信する教育用ツールとして、あるいは送金や預金を行うための端末として使われるようになるにつれ、この「モバイルの奇跡」が所得上昇に大きな貢献を果たしていることが明確に示されていますv

図1. 世界の絶対的貧困人口の減少とICT浸透率の上昇

Fig1

ICT普及の直接的な結果として、開発途上地域を通じて絶対的貧困人口が着実に減少しています。世界銀行によれば、世界の極貧(1日の生活費1.25ドル未満)層は1981年の19億人から2010年には13億人まで減少しています。この中で、開発途上国の極貧層の割合は50%以上低下して21%にまで減少していますvi。極貧層の大幅な減少は、中国やインドの長期的な経済成長にけん引されていることに加え、近年のアフリカ各国の成長、さらには中南米地域におけるソーシャルプログラムの影響が極めて大きいと考えられますvii

しかし、所得格差に関するICTの影響を見てみると、その構図はそれほど単純ではありません。世界銀行が発表している直近のデータ(全世界の所得分布)によれば、世界の所得格差は縮小傾向が見られますviii。最新の分析によれば、1988年に72.2だったジニ係数は2008年には70.5となって確実に低下しており、これは世界人口における所得の中央値(約50%値)が大幅に上昇していることによるものですix

しかし、世界的な所得格差の減少の陰で、各国で国内の所得格差に拡大傾向が見られています。この傾向は、先進国、開発途上国を問わず、多くの国で見られており、国際通貨基金(IMF)からはITの進歩が統計的にこうした格差に重大な影響を与えているとする、ICT資本のシェア評価による分析も示されていますx。現在入手可能なこうした証拠が、ICTは経済成長を推進し、世界的な格差を低減している一方で、同時に国内の所得格差を拡大させているというパラドックスを提示しているのです。

こうしたパラドックスが見られるようになったと言っても、ICTによる恩恵が低所得者層に対して十分に行き渡っているとは言えません。例えば、ネットワーク効果や外部性がICTの影響力を増大させ、その効果が実体化するためには、まず最低限の普及率に達する必要があります。通信インフラを10%改善することは、GDPを2.8%押し上げる経済効果があるという分析結果もありますが、これも一定の普及率に達して初めて得られる効果に過ぎませんxi。この場合、人口の24%がしきい値になります。言い換えれば、ICTによる効果が十分に発揮され、各国経済の成長に結びつくようになるには、この値を超えて市場に浸透しなければならないということです。同様の判断は2009年の分析でも行われており、ブロードバンド投資に対するリターンは、普及率20%(100人中20人が加入)を越え、クリティカルマスに到達した時点で上昇に転じますxii。低所得層におけるブロードバンド接続やICTの普及が進めば進むほど、底辺層の所得拡大は加速していくことになります。

低所得層と高所得層の間のICT活用の格差を埋めるには、ICTの導入や普及率の差を解消することを念頭に、直ちに行動を起こす必要があります。ICTの恩恵が確実に低所得層にもたらされるようにするためには、ブロードバンドの提供範囲を拡大し、普及率を拡大するためにさまざまな施策を実行する必要があり、特に、ユニバーサルアクセスの実現と低料金化の推進、デジタル技能の向上、男女格差の解消などに焦点をあてた、以下のような施策が求められています。

  1. 公共資源やインセンティブを農村部やサービスの行き届いていない地域に集中的に振り向け、ブロードバンドインターネット接続の構築を図ること
  2. 学校や図書館をブロードバンドインターネットサービスでつなぎ、学校内に確実に広範なネットワーク接続を行き渡らせること
  3. デバイスやネットワーク接続に対する超過税制を削減し、特定地域や特定層に対する補助金制度の導入を検討すること
  4. ICTに関してしっかりとした研修カリキュラムや教育制度を構築すること
  5. ICTに関する男女格差の解消に注力すること

今年度のGlobal Information Technology Reportに示されるデータから、ICTの普及拡大が、低所得国や低所得層の経済成長によい影響を与えていることに疑いの余地はありません。しかし、ICTの普及を加速するためには、とりわけ低所得層への普及において、依然として課題が残されています。貧困の解消に焦点を当て、ICTが経済成長に与えるプラスの効果と合わせて、対象を定めた積極的な介入を行うことが、世界中の人々の生活を豊かにし、とりわけ世界経済の底辺にいる絶対的貧困層の人々の生活を向上させることができるのです。

# # #

i Katz 2012; The Impact of Broadband on the Economy: Research to Date and Policy Issues

ii Scott 2012. “Does Broadband Internet Access Actually Spur Economic Growth?” http://www.eecs.berkeley.edu/~rcs/classes/ictd.pdf

iii Deloitte 2012. What Is the Impact of Mobile Telephony on Economic Growth? http://www.gsma.com/publicpolicy/wp-content/uploads/2012/11/gsma-deloitte-impact-mobile-telephony-economic-growth.pdf

iv Aker and Blumenstock forthcoming. “The Economic Impacts of New Technologies in Africa.” In The Oxford Handbook of Africa and Economics: Policies and Practices

v Aker and Blumenstock forthcoming. “The Economic Impacts of New Technologies in Africa.” In The Oxford Handbook of Africa and Economics: Policies and Practices

vi World Bank 2012. Information and Communications for Development 2012: Maximizing Mobile. Washington, DC: World Bank.
---. 2013. “The State of the Poor: Where Are the Poor and Where are the Poorest?” http://www.worldbank.org/content/dam/Worldbank/document/State_of_the_poor_paper_April17.pdf

vii Fosu 2010. “Growth, Inequality and Poverty Reduction in Developing Countries: Recent Global Evidence.” http://www.oecd.org/dev/pgd/44773119.pdf. The Economist. 2012. “A Fall to Cheer: For the First Time Ever, the Number of Poor People Is Declining Everywhere.” The Economist, March 3. http://www.economist.com/node/21548963

viii Lakner, C. and B. Milanovic. 2013. “Global Income Distribution: From the Fall of the Berlin Wall to the Great Recession.” Policy Research Working Paper No. 6719

ix The Gini coefficient is a statistical measure of income distribution across a population. The coefficient is on a scale of 0 to 100 (or 0 to 1), with 0 reflecting complete equality and 100 (or 1) indicating complete inequality (e.g., one individual, or observation, accounting for all the wealth or income observed)

x The study also finds increasing returns to human capital from technological changes, highlighting the importance of education and training

xi Röller, L. H. and L. Waverman. 1996. “Telecommunications Infrastructure and Economic Development: A Simultaneous Approach.” Discussion Paper FS IV 96-16, Berlin: Wissenschaftszentrum Berlin.

xii Koutroumpis, P. 2009. “The Economic Impact of Broadband on Growth: A Simultaneous Approach.” Telecommunications Policy 33 (9): 471-85.