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2016.06  第 3 号 特集記事-2

株式会社加賀屋代表取締役社長小田 與之彦 様株式会社加賀屋 代表取締役社長 小田 與之彦 様

「プロが選ぶ日本の旅館・ホテル100選」36年間日本一 加賀屋のIT活用
~代表取締役社長 小田與之彦氏講演~

シスコは2016年3月、おもてなし日本一の評価を受けている温泉旅館「加賀屋」の代表取締役社長 小田與之彦氏を招いて社内セミナーを行いました。最高のおもてなしによる顧客満足の向上、そしてそのために不可欠な社員満足度向上の取り組みに、多くの社員が強い関心と理解を示しました。

日本一の評価に甘んじず常に課題を持って臨むことが大切

3 年ほど前(2020 年開催の東京オリンピック招致が決定した 2013 年)、「おもてなし」という言葉が流行語大賞になりました。旅館業を営む私たちから見ると、自分たちのしてきたことが認められ、注目されていると感じる一方、おもてなしとは決してその時々の流行ではなく、ずっと通じていくものなのだという、ちょっと複雑な気持ちだったのを覚えています。

加賀屋は、旬刊旅行新聞様(株式会社旅行新聞新社)が行っている「プロが選ぶ日本の旅館・ホテル 100 選」で 36 年間日本一の評価をいただいています。これは大変ありがたいことです。ただ、部門別では「もてなし」は 1 位ですが、「施設」は 2 位、「料理」と「企画」は 3 位という内容です。実は 3 年前は料理と企画も 2 位でした。つまり、ほかの旅館様が我々とは違う努力をされて、お客様から高い評価を得ているということです。我々としても、総合評価で日本一だからと胡坐をかくことなく、常に課題意識を持って臨むことが大切だと思っています。

ここ数年は地方創生や観光振興の流れもあり、インバウンドのお客様が増えています。また、2015 年に北陸新幹線が開業したことで、より多くの方が北陸地方を訪れるようになりました。観光地の重要な要素として「アクセスの良さ」と「行く理由、必然性」がありますが、単に近くなったから来たということではなく、「加賀屋に行ってよかった」とお客様に価値を感じていただけるようにすることが、今後私たちが続いていくために一番大切ではないかと考えています。

「笑顔で気働き」は加賀屋の指針を表す大切な言葉

創業当時(1906 年)、石川県の和倉温泉にはすでに 10 数件の旅館があり、そこへ後から参入した私たちは、よそ者、新参者という大きなハンデがありました。他の旅館に追いつくために努力した祖父や祖母がずっと言っていたのが「笑顔で気働き」という言葉で、これは今でも加賀屋の企業理念、行動の指針を表す言葉として大切にしています。

始めはごくごく小規模だった加賀屋も、今ではグループ全体で 400 室を超え、一晩に 2,000 人のお客様が宿泊されるまでに成長しました。我々のほかにも日本全国で大規模な旅館やホテルはずいぶん増えましたが、「大型旅館のサービスはどこも大差なく、食事の時間や場所など旅館の都合でサービスが提供されるので、やはり小規模な旅館のほうが行き届いていてよい」という風潮もあります。我々はそれをしっかりと払しょくするために、多くの社員一人一人にサービスの大切さを理解してもらうようにしています。
お客様の様子や行動、言葉を真剣に見つめて、お客様が望まれていることを正確に読み取り、フレキシブルに最善のおもてなしをして差し上げたいと気持ちを働かせることがすなわち、私たちの考える「気働き」です。

例えば、食後に水をお出しする、部屋に新聞を入れる、近年増えている海外からのお客様をお迎えする、などいろいろな場面がありますが、お客様によって最適な対応は異なります。それらを妥協せずに行って「加賀屋に泊まってよかった」「細かなところまで気配り、配慮が行き届いている」と感じていただけるようにすることが、サービスに対する私たちの姿勢であり、モットーです。

プロとして求められる「サービス」の定義

よく「ビール 1 本サービスします」という具合に、無料でご提供するのがサービスだと表現されたり、捉えられたりしますが、サービスは決してタダではありません。
私たちは、サービスというものを次のように定義しています。

プロとして訓練された社員が、
給料を頂いてお客様の為に正確にお役にたって、
お客様から感激と満足感を引き出すこと。

大勢の社員が、同じサービスと言いながら全然違ったことを考えるのではなく、サービスに対する尺度や価値観を捉えて、自分の言葉や行動で表せるようにすることが大切です。
また、決して安いとは言えない料金をお客様からいただいています。ですから、プロとして、それに対するお客様のご満足という結果をしっかりと出さなければいけません。結果にコミットするということは大切で、社員に対しても「皆さんは(給料をもらっている)プロなのですよ」と言い続けています。
そして、そのことを社員がしっかり理解してくれて、お客様に最善の対応をしてくれているからこそ、日本一の評価にもつながっていると思っています。

「モノ」ではなく「物語」をご提供するということ

加賀屋には現在 1,000 人を超える社員がいます。人材教育の仕組みとしては、集合研修のほかに、社員個別に指導するトップ教育や、個々の思い違いや勘違いを改める「加賀屋の心教育」というものを定期的に実施して、加賀屋の原点となるサービス、おもてなしの心を忘れないようにしています。
調理師向けの勉強会では、その料理を出す客室係からのコメントや実際のお客様からの声(評価)を伝えるようにしています。調理師もプロなので、最初は(料理の)素人から意見されることに拒絶反応があり、客室係との関係がぎくしゃくしましたが、「一番大切なのはお客様が満足して、おいしく召し上がっていただいているかどうか」という視点に立ち返り、「料理を作ったら終わりではないし、お客様へただお出しすればよいということでもない。共に勉強して協力し合う体制が必要」と再確認したりしています。これが、「モノ」ではなく「物語」をご提供するということにつながっています。

「物語」をご提供するための取り組みの 1 つに、館内美術館ツアーという催しがあります。石川県は江戸時代に前田藩が治めていて、加賀百万石という豊かな財を成していた地域でもあり、輪島塗、九谷焼、加賀友禅、水引、宝生能など、多彩な工芸品や芸能が育まれました。そうした文化を象徴する数々の品を館内に設置していまして、それらをご紹介、ご案内するツアーを企画してはどうだろう? ということで始めました。最初は 1 日 2 組(1 組 15 人ほど)でしたが、今は 1 日に 7~8 組が参加される人気の催しです。
当初は客室係やマネージャーがご案内していましたが、参加される方が増えたので、普段は経理や施設部門を担当している社員にも案内してもらうようにしました。はじめのうちは不安がっていましたが、お客様と直接接する機会がない社員が、お客様から「来てよかった」「ありがとう」という言葉を直接いただくことで、彼らにもサービス業というものを深く理解してもらうことができるようになり、フロントに立つ社員をサポートする意識の醸成という成果も得られました。

皆さん「るるぶ」という雑誌をご存知と思いますが、最初は「見る、食べる、遊ぶ」だったものが、今は「食べる、体験する、学ぶ」に変わっていると言われます。ただお泊りいただくのではなく、石川県にはこんな伝統と文化があるということを知っていただく機会として、これからも続けていきたいと思っています。

加賀屋イメージ

加賀屋イメージ

お客様が不満を持つ 4 つの要素

私たちは年間で約 2 万人(宿泊客総数の約 8% に相当)のお客様からご意見をいただいています。「大変良かった」というものもあれば、「ここはこうしたほうがよい」「ここが大変不満だった」というものもあります。これらはすべて関係する部門やカラオケ店など外部の皆様とも共有して、毎月会議をしています。必要な時には、ご意見をいただいたお客様へ今後の改善につてご連絡させていただくこともあります。

お客様のニーズや考え方は千差万別ですから、よかれと思ってしたことで不快になられてしまうこともあり、大変ではあるのですが、そうした中でお客様の不満の要因をまとめていくと次の 4 つになります。

1.社員の能力不足、怠慢
2.設備、施設の問題
3.他のお客様のふるまい
4.サービスのシステム

今、一番悩ましいのはサービスのシステムです。一例として、加賀屋ではお客様の背丈に合った浴衣を用意していて、お一人ごとに最適なものをお出ししています。そのこだわりを感じ取っていただいて、「快適でした」「さすがです」とおほめいただくこともあるのですが、団体のお客様の場合はこうした個別のご用意をしていると時間がかかってしまうわけです。そうなると「大浴場に早く行ってゆっくりしたかったのに」「浴衣の丈よりもすぐ出してもらうほうがよかった」というご意見をいただくことになります。我々としてもどちらがいいのだろうと悩みますが、いろいろ状況によっても変わるものはできるだけお客様に合わせるようにして、柔軟に対応しているところです。

また、残念ながら年に 50 件ほどはクレームもいただきます。こうした時は、その事実と、どういう風に対応してお客様にご理解いただいたか、そしてそもそもの原因、今後繰り返さないようにするための対応の4つをまとめた報告書を提出させています。これを年 3 回行っている全員集会で共有して、加賀屋としての品質向上を図っています。

お客様から怒られる三大要素

クレームへの対応は、起こってしまったことへの対応(事後対応)です。このほかに加賀屋では、お客様が滞在されている間に解決しようという取り組みも行っています。お客様と接した時に危ういと感じたことをいち早く報告して、それを支配人やマネージャーが見て対応しています。そうすることで、ご迷惑をおかけしたことが逆にプラスの評価につながることもあります。お客様が不満を爆発させてしまう前に、お帰りになる前にフォローすることも大切です。

そうしていろいろやっていくと、

・段取り優先(顧客の立場で考えない)
・一言多い、一言少ない(コミュニケーション)
・感性、認識の違い(自己研鑚の努力)

これらがお客様からお叱りを受ける三大要素だとわかりました。本人は一生懸命やっているつもりでもお叱りを受けることはあるわけでして、感性の部分は努力するしかないかなと思いますが、私たちの職場ではさまざまな事柄が原因となり得るので、それをできるだけ少なくできるように努めています。

30 年以上前から業務のシステム化に取り組む

社員が良い環境で働けるように、業務の部分ではいろいろと取り組みをしたり、いち早くシステム化を進めたりしてきました。システム化の例としては料理の自動搬送システムや予約内容の一括管理があります。取り組みとしては、カンガルーハウス保育園と呼んでいる企業内保育所が挙げられます。

館内で料理を運ぶのは肉体的にかなりきつい業務で、以前は調理場のある 2 階から、客室のある 3 階~12 階まで人が台に乗せて運んでいました。体力が続かないという理由で退職する人がけっこう多く、疲れて笑顔が出ないのではお客様に良いサービスをご提供するうえでも支障があります。そこで機械化、省力化できるところはして、人的なサービスの充実を図ったわけです。当時の金額で 4 億円ほどかかり、「売り上げにつながらないことにそんな多額の投資をするなんて」と私の父親(当時の社長)も言われたそうです。
しかし、保守のコストがかかる以外に負担はなく、料理を確実に各階へ運んでくれるシステムですから、3 年ほどで元は取れたとのことです。その後、改良や改善を続けて、今も同様のシステムを運用しています。
また、現在はさらにお客様からの注文を速やかに伝達できるよう、スマート デバイスも活用した仕組みを追加しています。そのために必要な無線 LAN インフラには、シスコのソリューションを採用させていただきました。

子育て退職をなくして女性社員の経験を活かす

客室係は女性が多く、経験も積んで、これからもぜひ頑張ってほしいという方が子育てのために退職してしまうことが相次いでいました。そこで、お子さんの面倒もきちんと見て、安心して働ける環境を作ろうと考えて、1 階が保育所、2 階から 8 階が母子寮(55 室)という施設を設けました。現在は 20 人ほどが利用しています。
知識、経験を積んだ人が辞めることなく、その経験をお客様へのサービスに向けられるようになったことは、加賀屋のサービスの評価が高まる結果にも結び付いています。こちらも初期投資という点では 4 億円ほどかかり、年間の人件費も相応にかかってはいますが、人がまったく変わってゼロから教育するよりも、良い人が残ってくれることのほうが会社にとっても大変重要なことだと考えています。

お客様の多様化に対応して「正確性」を高めることが課題

私たちの予約システムは入力された内容を全員が見られるようにしています。調理場とか各部署が事前に見て、今日どんなお客様が来られるのかを把握し、お迎えのための準備を進めます。お祝い事であったり、食べ物のアレルギーに関することであったり、お客様の土地柄に応じた部屋の割り当てなど、さまざまです。ただ、最近はネット予約などで事前に詳しい情報がわからず、お客様が到着されてから宿泊の理由や目的がわかるケースが多くなりました。そのため、今までのような電話や手書きメモにも頼る業務の仕方では的確な対応が難しい状況になっています。今回、シスコの無線 LAN ソリューションを導入して、客室係(社員)がスマート デバイスを活用できる環境を整えたのは、こうした背景に因ります。これまでのシステムをさらに強化して、正確なサービスを最適なタイミングでご提供できるようにすることが狙いです。

サービスの本質というものは、正確性とホスピタリティであると思っていて、この両方がないとお客様に本当に喜んでいただけるサービスはできません。率直にお話しすると、加賀屋はこれまでホスピタリティの高さでお客様の評価を保ってきました。お客様と接して、何かあったらお詫びして何とかなってきた、お客様もいつの間にかリピーターになっていただけていた……という具合です。
しかし最近は、正確性の欠如に対して厳しいご意見をいただくことが本当に増えました。今までの経験則で対応してきた社員たちは、ここで苦労しています。もちろんホスピタリティも必要ですけれども、それだけではなくて、今のお客様はもっと正確さを求められているのだということを認識しなければいけないと強く感じています。

「お客様に明日の活力を注入する」ことが旅館の仕事

社員に「旅館の仕事は何でしょうか?」とよく聞きます。たいていの場合、お客様をお出迎えして、お部屋でくつろいでいただいて、大浴場に入っていただいて、お食事を召し上がって……といった答えが返ってきます。
私たちは、お泊りになったお客様が「明日からまた頑張ろう」と感じていただけるように活力を注入して差し上げるのが旅館の仕事であると考えています。また、同行者との距離を縮めて差し上げるお手伝いだとも思っています。ご家族や親しい方の人間関係を作っていくお手伝いですね。

加賀屋は、お祝いをはじめお客様の人生の節目にあたるときにご利用いただくことが多いです。単なる一泊や一日ではなく、お客様の人生の節目にお手伝いさせていただき、人生に関わらせていただいているということだと思います。お客様にとっては一生に一回かもしれない機会であることをしっかり理解して、「加賀屋に泊まってよかった」「サービスもよかったし料理もおいしかった」とお客様に喜んでいただけるように、これからも続けていきたいですね。

お一人お一人のお客様を大切にする。
それが我々のできることであり、役割なのだと考えています。